izunokamiのブログ

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複製美術と芸術家たち

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横浜美術館で開催中の「複製美術と芸術家たち-ピカソからウォーホルまで-」の展示を見てきた。

 

yokohama.art.museum

本日は観覧料が無料だったため、私のような独り者から子供連れのファミリーまで多くの方が訪れていた。

 

さてこの展示会の副題には「アウラの衰退、美術家たちの挑戦」とある。

アウラとは何か。

哲学者のヴァルター・ベンヤミンによると、アウラ美術作品に唯一の本物として備わる尊厳を示している。

20世紀初期から写真や映像技術の発展により複製が簡単に行われ、美術作品の在り方が変化していく中で、美術家たちが作品作りにどのようなビジョンを抱き考えていたのか、簡単に分けてしまえばアウラを守り伝統を貫くのかそれともアウラを徹底的に破壊して新たなジャンルを切り開くのか、をテーマに多数の作品が展示されている。

 

あれこれ書いてみたが、正直な感想を言うと…非常に難解な作品が多かった

 

もはや作品というよりも物質を見ているようにしか思えなくなっていった。多分自分の感性では捉えきることのできない領域に作品があるイメージである。

 

第1章「写真の登場と大画家たちの版画」はわかりやすい作品が多い。

特に気になったのがパブロ・ピカソの「貧しき食事」。

ピカソ23歳の時の作品であるが、ピカソが版画を作成していたとは知らなかった。彼ほど作風が変わった美術家はまれだが、版画技法でも天才的な描写力を垣間見れた。

第2章「普遍的スタイルを求めて」からは徐々に作品の意図が難解になっていく。

反芸術のジャンルは文字通り伝統的な芸術的価値観に反して、独自の新しい表現を追求していくスタイルだが、物質性の強い作品が多くなおかつ題名とかけ離れたイメージに頭が混乱しているのがわかった。

 

アウラが明確にある作品は、絵画なら絵画、彫刻なら彫刻の中で非常にわかりやすく誰にでも親しみやすい、作者の意図が伝わりやすいものであるのに対し、アウラを衰退させた反芸術分野はわざと物質性の強いイメージを押し付けることで、観覧者を混乱させようとしているのであろう。

 

個性際立つ作品群の中で、写真作品はありのままの表情が写っているため、比較的安心して見れる。

写真や映像はアウラを衰退させた技術であるが、写真は複製(美術作品を撮影したり、枚数を量産したり)を封じれば、逆にアウラを求めることもできるのではないだろうか。

 

色々書いてきたが、それぞれの作品の強烈なイメージによって、どうも混乱から抜けきれそうにないので、下手な感想はここまでにしようと思うが、今回の展示では現代アートの奥深さを存分に味わえた。

ピカソマティスデュシャン、ウォーホルなど現代美術のキーパーソンの作品が一同に会する展示もそう多くないので、大いにクエスチョンな感想を抱くだろうが一度行ってみると面白いかもしれない。

 

私的にこの本でもう少し勉強すべきだった。

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